▲夜明け。夜の闇と朝の光が入れ替わる時。巡礼の旅でわたしの好きな時間のひとつだ。
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突然の体調不良で吐く
【15日目12年9月23日(日)曇りのち晴れBeloradoAges27.7km/累計264.1km】

 6時15分出発。起きたのは5時なので、出発までに1時間15分もかかっている。こんなに時間がかかるんじゃあ、早起きの意味なし。テキパキ支度すること。

▼東の空には月が残っている。今朝は雲が多めだな。
 15分も歩くと町の照明がなくなった。見上げた空は満天の星。
 それから1時間歩いてもまだ暗い。振り返った東の空が少し青くなって紅色に染まっている程度。月が明るく輝いている。

 8時39分、夜が明けたと思ったら、急に風が激しくなってきた。これほど強い風は初めてだ。

 9月も下旬に入って、本格的な秋の始まりを予感させる冷たい風だ。春一番があるのだから、これは秋一番といってもいいんじゃないの。

 強い風の中を歩き、9時過ぎにバルを見つけた。朝食タイムの小休止。

 生ハムとチーズのボガディージョにトルティージャ。そして、パン2切れをたいらげ、ついでに袋入りのケーキパンも。今日はちゃんとした朝食だったな。満足、満足。

▼バルの道路脇に置かれたテーブルと椅子が今朝の食卓。おなかいっぱい食べて大満足の朝食だった。

 9時27分、出発。ここからは上りの山道だ。難所として有名なオカの山越えが始まる。
 1時間歩いて10時21分、巨大なモニュメントがある平らな場所に着いた。どうやら上りはここで終わりらしい。

 ガイドブックによれば、ここは標高1165mのペドラハ峠の頂上で、モニュメントはフランコ時代に戦死した人々のために建てられたとある。

▼祈念碑に刻まれた1936年は、数十万人の死者を出したスペイン内戦が始まった年だ。

 スペイン内戦は国を二分する悲惨な戦争だったが、それにしてもなぜ、こんな辺鄙な山中に祈念碑が建造されたのだろうか。お参りにくる人もいそうにないが。

 広場の隅にあったベンチで小休止。今日は巡礼仲間にもほとんど会っていない。ひとりぽつんとベンチに座っていると、何か寂しくなってくる。死者は忘れ去られるのみか。

 ま、それはそれとして、体も冷えてきたし、行くとするか。リュックから出したウインドブレーカを着こみ、早々に出発。峠の頂上は越えたが、オカの苦しい山越えはまだまだ続く。なにしろ12kmもの間、人家も水飲み場もない過酷な道、とガイドブックに書いてあった。

 ゆるやかな下り坂だ。両側は灌木が茂り、見通しは悪い。松林になっている場所もある。朝からの風は相変わらず強く、ビュービューと吹きすさぶ音が、気持ちを萎えさせる。
 強い風にあおられた砂ぼこりの舞い立つ道をえんえんと歩く。

▼地平線まで続く灌木の茂み。どこまで歩けば終わるのだろうか。

 峠の頂上から歩くこと2時間、12時23分に目的地サン・ファン・デ・オルテガの道路標識を見かけた。
 ここは住人が30人に満たない小さな集落。公営アルベルゲのほかに、「寝袋なしで泊まれるこの地域唯一の宿」というのがガイドブックに紹介されていた。一泊55ユーロで、巡礼者は10パーセント引きとか。

 宿の名前がややこしい。えーと「Centro de Turismo Rural La Henera」か。
 それらしき看板をさがしながら歩く。小さな村だからすぐにわかるだろう。今日もようやく終わり、とのんきに歩いていたら、アレ? 村が終わっちまったぜ?

 なんてこったい! 見落とした!

 灌木はなくなったが、これまでと同じような白茶けた道が、枯れ野をくねっているだけで、人家はまったくない。眼前に広がる風景を眺めながら、さて、どうする?

 引き返すのが妥当な判断だ。それほどの距離ではない。しかし、習性とは恐ろしいもので、先へ、先へと急いだお遍路旅の癖が頭をもたげる。引き返す時間がもったいない。スケジュール表を見ると、次の村アヘスまで3・7km。1時間足らずだ。この数字で決断。よし、行こう。

▼あと1時間、あと1時間と唱えながら歩いていると、変なものが目についた。誰が始めたんだろう。

 13時37分、アヘスの村が見えた。これで27・7km歩いたことになる。疲れもそれほどではないし、先を急いだのは大正解だった。

▼村が見えてくるとホッとする。同時に、さて、宿はあるだろうか、という心配も。

 村に入ってすぐ、1階がバルになっている私営のアルベルゲを見つけ、投宿。公営とは大違いで、ベッドの配置も余裕があり、洗濯機、乾燥機と、設備も整っている。宿泊費10ユーロ、夕食&朝食代11ユーロ。

 そこまではよかったのだが、洗濯をすませて干し終わったあと、急に気分が悪くなった。これが終わったら散歩に出て昼食でもと思っていたが、それどころではない。
 なんだ、これは? 血の気が引いて冷や汗が出てくる。ウッ、気持ちワルー。吐きそう。

 たまらずトイレに駆け込んで吐く。こみあげてくるこのにおいは、朝に食べたトルティージャか。それでも気分はおさまらず、ヨロヨロとベッドに倒れこんだ。それから夕方までに2回も吐き、ぐったりとベッドで過ごす。

 夕食は当然のことながらパス。せっかく夕食代をはらって、バル自慢のディナーを食べられるところだったのに残念だ。

 夜になってどうやらおさまった。桃を1個食べる。原因はわからないが、朝食の食べすぎかな。まさか、食あたりということはあるまい。悪いものを食べた覚えはないし。いずれにせよ、胃腸が弱っていることは確か。まあ、長引かなくてよかった。

 空模様を見に外へ出たとき、バルのドアにWi-Fiのステッカーが貼ってあるのに気づいた。いまさらメールなんかやる元気もない。寝よう、寝よう。

▼1階がバルになっている私営のアルベルゲ。設備も整っており、部屋もゆったりとしていた。


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       ◆聖地巡礼:カミーノ・デ・サンティアゴ