▲巡礼路を横切る羊たち。この場合、人は羊たちの歩きを妨げてはならない……らしい。羊が優先。
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4年数か月ぶりの乾杯!
【10日目12年9月18日(火)曇り時々晴れEstellaLos Arcos21.8km/累計135.5km】

 朝方、あちこちから生活の音が聞こえてくる。足音を忍ばせて歩く、でも足音とわかる音。トイレの水を流すものすごい音(ゴワッーという轟音)。
 それで目が覚めたが、まだ早い、もう少し寝ていよう。気持ちよくウトウト1時間ぐらい。どれ、と時計を見ると、5時を少しまわっている。起きよう。

 荷物を抱えて1階の食堂スペースへ。身支度を整えている間に、2、3人の宿泊者が朝食を食べ、出発していく。
 外は真っ暗。お遍路旅で教わった「早発ち、早泊まり」の原則は、サンティアゴ巡礼でも生きている。早く着けばいいことだらけ。そのためには早発ちに限る。

▼すでにアルベルゲのドアは開かれている。お世話になりました。

▼町中には標識が少なく、暗いので見落とすこともある。だから、人の後をついていくのがいちばんだ。

 ガイドブックで確認しておいた今日の楽しみは「ワインの泉」だ。イラーチェ村にあるその泉に着いたのは8時4分。すでに多くの巡礼者が立ち寄っていた。

▼泉といっても本物の泉があるわけではない。スペインのワイン会社Bodegas Iracheが、巡礼者に無料で提供しているワインと水の飲み場だ。

▼悪魔の誘惑か、気がついたらグラスを手に。こうなったらもう乾杯しかない! 4年数か月ぶりのワインは甘くて酸っぱかった。ちなみにワインは左の蛇口から。右は水。

 ほんの小さなグラスとはいえ、4年以上も断酒を続けてきた身には効き目がある。胃の腑が熱くなり顔がほてる。忘れていた感覚だ!

 しかしながら、この心地よさに負けてはならない。それにおぼれたがために、食道がんが発症した(と思う。少なくとも原因のひとつであることは間違いない)。

 朝ごはんを食べずにきたのもまずかったかな。50分ほど歩いたところで小休止。パン2切れ、チョリソ3切れ、バナナ1本。
 休んでいる間に、巡礼仲間が続々とやってくる。わたしも歩きだそう。9時15分出発。ワインの泉の効果もなくなって、普段どおりの歩きになる。

 これまでの風景と違い、このあたりの畑には緑が見える。乾燥した茶色の風景ばかり見てきた目にはとても新鮮に映る。ブドウの木だ。さすがにワインの泉があるだけのことはある。

▼ゆるやかな起伏を描いて広がる畑に植えられたブドウの木。風景に緑があるとホッとする。

 おっと、これは何だ?
 ブドウの木をめぐらした見事な家。ここまでつくるのは大変だろうに。ブドウの産地だけに、栽培も手慣れたものなのだろう。それにしても何年ぐらいかけて育てたのだろうか。

▼家にまとわりついているのはブドウの木だった。なかなかのもんだぜ。感心した。

 小さな村を通り、小麦畑とブドウ畑の中を歩く。村を2つ過ぎると、あとは今日の宿泊地、ロス・アルコスまでの12km、村はない、とガイドブックに書いてあった。小麦畑の大海原――とも表現されていたが、ゆるやかな起伏を見せる大地は、まさに大海原だ。歩くしかないな。

▼小さな村を通過。住人の姿はほとんど見かけない。

▼村を出ると再び畑地。収穫後の小麦畑、そして収穫前のブドウ畑が広がる。。

▼羊の群れに遭遇。この場合、道路の優先権は羊にある――とどこかに書いてあったな。

 11時35分、雨が少し落ちてきた。たいしたことはない。すぐにやんで、曇ったり薄日がさしたりの天気。
 12時過ぎにはロス・アルコスの町に到着。そのまま町を突っ切り、橋を渡って公営アルベルゲに。この時間だと4、5番目の着順になる。が、残念ながらベッドは自由に選べず、番号を指定された。

 部屋に行ってみると、昨日と同じく上段。早く着いたからといって、必ずいい場所がもらえるわけではない。アルベルゲそれぞれに方針があるから、文句は言えない。
 宿泊料8ユーロ=800円なり。その金額で、安心して眠れるベッドと汗を流すシャワーが提供されれば、ただただ感謝するのみ。文句を言ってはバチがあたる。

 下段のベッドは2日前にペルドン峠で会った韓国の若い女性だった。このところ彼女とは前後して歩いている。歩くペースが同じだと、こういうことは珍しくない。初日のテント泊で隣だった黒人のおばさんとは、あちこちで顔を合わせているほどだ。

 シャワーで汗を流し、町の中心にあるサンタ・マリア広場のバルで遅めの昼食。絵葉書を売っていたので、食べながら近況をしたためる。

▼バルのオープンテラスで昼食。ここにいる人のほとんどが巡礼者のようだ。

▼今日のランチ。トルティージャ(スペイン風オムレツ)は必ず頼む。揚げ物はなるべく食べないようにしているが、たまにはいいだろう。コーラも特別。いつもは水にしている。

▼隣りのテーブルでおいしそうなミックスサラダ発見。これを頼めばよかった。カウンターには置いてなかったが、メニューに書いてある「ensalada mixta」というやつがこれに違いない。さっそくメモしておいた。

 昼食のあとは町をひと巡り。絵葉書を出すためにポストをさがす。ついでにATMもさがしてみたが見つからなかった。現金はまだ大丈夫だが、一度、ATMを試してみないと、不安だ。

▼町外れで見かけた廃墟。壁はこんなふうに造ってあるんだな。

 のんびり歩きまわってアルベルゲに帰る。部屋に戻ると、下段ベッドの彼女が薬があるかと言う。リュックでこすれた腰骨のあたりが痛むようだ。
 見てみると、靴擦れならぬリュック擦れで、皮がペロリとむけて真っ赤だ。これは相当痛いだろうな。消毒し絆創膏を貼ってあげた。

 歩きはじめて1週間ほどの今がいちばん辛い時期だ。彼女に限らず、多くの巡礼者がどこかしら痛めている。
 足のマメや靴擦れはいうにおよばず、脚、肩、腰、背中の筋肉痛、睡眠不足による慢性頭痛や倦怠感、慣れない水・食べ物による胃腸不良、あるいは持病の悪化……。数えあげればきりがないほどだ。

 幸いわたしは、お遍路旅の1200kmでそれらのすべてを体験し、用意万端、事前の準備を
▼町の中心にそびえる聖マリア教会の鐘楼。
整えてきたので、ここまで支障なく歩いてこれた。
 一方、彼女はまったくの初心者で、絆創膏も持っていないのには驚いた。が、考えてみれば昔は自分だって同じだったのだ。人は体験で賢くなっていく。

 夕方、聖マリア教会が見えるバルで夕食。わたしが日本人だとわかると、店主がやけに親しく話しかけてくる。
 どうやら、この店にもあんたと同じ日本人がいるよ、と言っているようだ。

 えっ、日本人?

 そう、この旅で初めての日本人に会った。巡礼者ではない。バルで働いている若い女性だ。
 休憩時間に店の厨房から出てきた彼女と、久しぶりの日本語で話す。

 彼女もわたしと同じで巡礼旅をしていたのだが、なんとスペイン男性と恋に落ち、結婚して子供も授かったという。いやはや、その大胆な生き方には敬服するしかない。

 ただ、スペインに来て以来、まだ一度も日本に帰っていない、と言うのを聞いて、自分の考えどおりにしっかり生きているようでも、いろいろワケアリなんだろうな、と思った。

 お互い、がんばりましょうや。
 異国の地で奮闘する彼女に幸多からんことを。


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      ◆聖地巡礼:カミーノ・デ・サンティアゴ