5年生存率→30パーセント |
還暦を迎えたとたんに、あろうことか「食道がん」を宣告され、現役を退いて隠居暮らしとあいなりました。 隠居といっても楽隠居ではありません。がんの治療をしつつ、迷いながら、悩みながら、それでも、今、生きていることのありがたさを感じたりもする、まるで迷宮をさまようような隠居暮らしです。 わたしの「食道がん」はステージ4の診断でした。病期(進行度)でいえば最終段階です。 もはやこれまで、と思いました。それでもあきらめるわけにはいきません。わらにもすがる思いで選んだのが「放射線+抗がん剤」という治療法です。 結果は吉と出ました。がんが消失したのです。検査で、がんが消えたとわかったときは嬉しかったですね。 とはいえ、治ったわけではありません。 がんという病気には常に再発の危険性があります。 治療後、がんが再発せずに5年が経過したら、そのとき初めて治ったといえる。これが医学の定義です。多くのがん患者が、その5年を待たずして死んでいきます。 生きるか死ぬか……。現代医学は生死を確率で示してくれます。それが「5年生存率」です。 わたしの場合は5年生存率30パーセント。つまり、5年後、70パーセントの確率で、わたしはこの世にはいないということです。 人生を旅にたとえれば、がんになってからの5年間は、命をかけた旅をしているようなものです。 そんな旅路で、みたこと、きいたこと、かんじたことをつづったのがみ・き・かノートです。 記憶は時間とともに風化します。でも、記録は読み返すことで、ああ、こんなこともあったな、と思い出すことができます。 その意味で、このノートはわたしの備忘録であり、過ぎ去りし日々の生きた証でもあります。 |
●がんになった | |||
(2007.12.28~2008.6.19) |
がんの告知から治療、そして寛解にいたり、3年が過ぎます。ようやく今、闘病の日々をふりかえる余裕ができました。 これからどう生きるか、再確認のためにも、ここで、過ぎし日の総括をしておこうと思います。 1・告知 2・病院選びと治療法 3・放射線治療と抗がん剤 4・放射線の通院治療 5・寛解 6・治療の終わり |
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(2008.6.20~2013.6.14) |
寛解1年目 寛解2年目 寛解3年目 寛解4年目 寛解5年目 |
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●聖地巡礼 | ||||
(2012.09.09~10.25) |
サンティアゴ巡礼世界遺産の巡礼路として有名なスペインの「カミーノ・デ・サンティアゴ」を、47日間かけて歩きました。800キロの巡礼旅の記録です。 |
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(2011.05.17~23) |
ルルドの奇跡奇跡の水・癒しの水で有名なフランスのルルドの泉に行ってきました。少女ベルナデッタに起きた聖母出現の奇跡をめぐる旅です。 |
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(2005.04~2011.04) |
四国八十八寺 お遍路旅四国の聖地・八十八寺を歩いて回った、区切り打ちの遍路旅です。通算43日、約1200キロ、130万歩になりました。わたしの巡礼入門の旅日記です。 |
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沖縄の聖所リタイアしたら沖縄で暮らそうと思っていました。がんの宣告を受けたのも沖縄旅行から帰った翌々日のこと。そんな縁で沖縄の聖所を回っています。 |
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●癒しの旅 | ||||
沖縄・宮古島 歩いて一周寒さぎらいのわたしは、冬の盛りの1月、避寒と称して、沖縄の宮古島を一周してみました。寒さのストレスがないと、体がゆるんで開放されるのがよくわかります。 |
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沖縄の浜茶&山茶とにかく癒されると評判の茶屋に行ってみました。沖縄の海辺にある喫茶店、そしてレストランです。 |
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湯けむり温泉 露天めぐり人はなぜがんになるのか? 原因は二つ。ひとつは老化、もうひとつはストレスです。そこで温泉。のんびりゆったり癒されます。 |
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みきかノート/がんになってからのこと Last modified 2018/5/29 |