020 ♥ 2016.09.26 心臓は、血液を全身に循環させるためのポンプだ。 そのため、心臓には4つの部屋(袋)がある。上に2つ、下に2つあり、それぞ右と左に分かれる。 上の部屋が「心房=右心房と左心房」、下の部屋が「心室=右心室と左心室」だ。
全身を巡ってきた血液は、左図の上大静脈 ・下大静脈から心臓の右心房に入る。 右心房に血液が貯まると、右心房はギュッと収縮し、下の部屋の右心室に血液を送りだす。 そのタイミングに合わせ、右心室は大きく拡張して、部屋いっぱいに血液を貯める。そして、血液が部屋に充満したのをみはからい、ギュッと縮んで肺へと送りだすのだ。 右心室から肺動脈を通り、肺に達した血液は、ガス交換(二酸化炭素を放出し酸素を取り入れる)を行い、新鮮な血液に生まれかわって、肺静脈から心臓の左心房に戻る。 あとは、すでに述べた右心房→右心室とまったく同じ「拡張→収縮過程」を経て、血液は左心房→左心室→大動脈→全身へと送りだされていく。 この一連の「ポンプ作用」で重要なのは、4つの部屋の「拡張・収縮」のタイミングだ。 上の部屋が収縮するとき、下の部屋がタイミングを合わせて拡張しなければ、血液の流れがとどこおる。 もし、絶妙のバランスで行われるそのタイミングがずれたり、あるいはどこかの部屋が収縮しなかったりすると、大変なことになる。 その大変なことを引きおこすのが、不整脈というやっかいな病気なのだ。 不整脈は「心拍リズムの異常」とか「心拍数やリズムが一定でない状態のこと」などと表現される。 いうなれば「心臓ポンプ」を構成する部屋が不整なリズムで動き、血液の循環がうまくいかなくなる病気、ということだ。 心臓ポンプの4つの部屋は「電気刺激」で動いている。心臓は筋肉でできているから、電気で刺激されるとギュッと縮むのだ。刺激がなくなると元の大きさに拡がる。
そして「刺激伝導系」を通って右心房と左心房に伝わり、それらを収縮させる。 次に電気刺激は、房室結節を経て下の部屋、右心室・左心室へと伝わっていき、それぞれを収縮させるわけだ。 こうした電気刺激の伝導が規則正しく行われれば、心臓ポンプも規則正しく一定のリズムで動き、血液はキチンと循環する。 だが、不整脈という病気は、この電気伝導がいろいろな場所で阻害される。 たとえばわたしの場合、房室結節から先の電気伝導が障害されている。 まず、右心室に電気刺激を与える「右脚」伝導系が「断線」して役目を果たしていない。電気信号が届かないのだから、右心室は収縮しようがないのだ。 さらに、左心室の「左脚」伝導系は、切れかけた蛍光灯がチカチカするように(診察した先生の表現)、刺激したりしなかったり、いつ切れてもおかしくない状態だと言う。 かろうじて命脈は保っているけれど、蛍光灯が切れている時間が長ければ、血液が脳に届かなくなり、めまいに襲われたり、場合によっては失神したりする。 ま、総合すれば、どげんもならん状態、ということだ。 ちなみに、右脚の障害について言っておくと、これは、どげんもならん、こともない。実際、わたしの右脚はずいぶん前から伝導障害の指摘があった。人間ドックで心電図をとれば、すぐにわかるのだ。それでも、治療の必要なし、の判定。 というのも、右脚の伝導障害で右心室が収縮しなくても、左心室が正常に収縮すれば、その電気刺激が右心室に伝わり、ちゃんと収縮してくれるからだ(タイミングは少し遅れるらしいが)。 このような状態のときは、自覚症状はまったくない。心臓も正常な働きをしていると考えてさしつかえない。だから、治療うんぬんの話にはならない。 この状態が死ぬまで続いてくれれば、たとえ右脚に伝導障害があったとしても、幸せな人生をまっとうできた。なのになぜ、左脚まで障害を起こしてしまったのか。 その思いが、8年も前の放射線治療に向けられ、モヤモヤした気持ちにさせるのだ。 ただし、それは老人のよくあるグチで、それほど深刻なものではない。そんなこともあるさ、という程度。 今でもわたしは普通に食事ができ、毎日おいしくいただいている。これはとても幸せなこと。それもこれも食道を摘出しなかったからできることである。 禍福はあざなえる縄のごとし。 【020・心臓と不整脈】 *1 https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BF%83%E8%87%93 *2 http://minds.jcqhc.or.jp/n/pub/3/pub0047/G0000543/0003 |
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