▲日当りのいいアルベルゲの庭に洗濯物を干す。これで今日の仕事は終わり。解放感がこたえられない。
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旅の半分400km地点を通過
【22日目12年9月30日(日)晴れCarrion de los Condes➔Moratinos29.5km/累計401.8km】

 5時32分、寒くて目が覚めた。かけ布団が床に落ち、暖房も切れていた。起きるとするか。窓を開けると風はおさまっている。それほど寒くはない。
 そういえば、変な夢を見たなあ。窓際に追いやられたわたしをみんなが無視する……。なぜ、そんな夢を? 窓際族の疎外感と同じものを異国の地で感じているから? わからない。

 ネットで天気を確認したあと、次の休養地=レオンのホテルを予約する。朝食込みの2泊で115ユーロ。あと3日歩けば休めるぞ。

 7時ジャストに出発。外に出てみたら案外寒い。今からウインドブレーカーを引っ張りだすのも面倒だし、このまま行こう。天気は晴れの予報だから、そのうちあったかくなるだろう。
 月が出ている。その手前を薄い雲が横切っている。

 大きい修道院の横を過ぎた。ガイドブックにはホテルとして使われていると書いてあったが、今は無人のようだ。明りひとつない。

 7時57分、道が二股に分かれるところで、4、5人の巡礼者が思案投げ首の様子。その中の3人娘はどこかで見た顔だ。たしかケンブリッジ大学の学生だと言っていた。わたしもどっちがいいのか迷う。

 次にやって来た人も「アイドンノー」で、さて、どうしたものか。ケンブリッジの3人娘は業を煮やして左へ。が、残ったわたしたちは、ああだ、こうだと議論して、結局右へ。そして、右が正しかった。歩いていくとカミーノの標識があったのだ。あの3人組はどうしただろう。

 道はこれまでと少し様子が違う。ガイドブックには、広大な小麦畑の中を延々歩くと書いてあったが、並木があったり遠くに林が見えたりで、印象がかなり違う。それに見晴らしが悪いので、広がりがあまり感じられない。それも変化の一因だろう。

▼朝日に輝く木々はすっかり秋の装いだ。木々があるだけで景色の印象はかなり変わってくる。

 歩きはじめて3時間。スタミナが切れてきた。いいかげんイヤになる道だ。カリオンを出て17kmは村もない単調な道、とガイドブックにあったが、それはまだまだ続くようだ。

▼小麦畑の中の単調な道に戻った。いいかげん飽きてくるが、きれいな空だけはいつ見ても飽きがこない。

 歩き続けるにつれ、リュックの重みで体が前かがみになり、まわりを見る余裕なんかなくなってくる。地面を見ながら歩くのみだ。こんなときは「般若心経」を唱える。266文字の短い経文のテンポが、ゆっくり目の歩調にピッタリ合うのだ。

 般若心経を唱えている間に坂の下に小さな村が出現した。カルサディージャ・デ・ラ・クエッサだ。あそこで休憩しよう。

▼バルで小休止。トルティージャとパンで遅めの朝食。

 11時5分。休憩終わり。出発。日ざしが暖かくなったので半ズボンにしてみた。まだちょっと寒い。なおすのは面倒だからこのまま行こう。次の休みで元に戻せばいいや。

 2時間歩いて、12時52分、今日の目的地テラジージョス・デ・ロス・テンプラリオス村に着いた。人口90人ほどの小さな村で、私営アルベルゲが2軒、とガイドブックにある。

▼テラジージョス・デ・ロス・テンプラリオス村の標識。無造作に置いてある農機具がシュールだね。

 道端のベンチで休みながら、どうしようか考える。
 というのも、ここで泊まれば、歩いた累計距離が398.5kmだ。全行程800kmの半分、400km地点まで1.5kmを残す。そして、記念すべき400km地点通過は明日の早朝、暗闇の中で迎えることになる。
 それはなんとなくイヤだ。できればこの目で400km地点を確認したい。次の村のモラティノスまで3.3km=1時間足らずだし、このまま行ってしまおうか。

 そう思ってはみるものの、問題がひとつ。ガイドブックにモラティノスが出ていない。ということはアルベルゲもない小さな村なのだろう。
 もしそこで泊まれなければ、次の村までさらに2.6km。今日はけっこう疲れているが、歩けるか?
 
 どうしようか考えていると、巡礼路をやってきたおじさんが話しかけてきた。フランスはボルドーの自宅から歩いてきたという。
 自分の家から歩いて出発できるのか。そうだよなあ。地続きなんだもの。島国のわたしには軽いショック。なんだかうらやましい。

 彼は、もう少し歩いて次の村のモラティノスで泊まると言う。ホテルをリザーブしているとか。そのとき、彼が見ていた地図には、ホテルとアルベルゲが記されていた。
 私が持っているガイドブックに比べ、彼らが使っているのはもっと詳細で年度版になっているものが多い。だからデータも最新で信頼できる。

 次の村にアルベルゲがあるんならわたしも。
 で、予定変更。次の村のモラティノスに行くことにした。1時4分出発。400km地点まで1.5kmだ。ゆっくり目に歩いているから30分とふんだ。

 今は風もなく、太陽は中天にかかりいい日よりだ。巡礼道のだいぶ前にさっきのフランスのおじさん、それに重なって、つい先ほど追いこしていった若者3人の影が見える。

▼ここがわたしにとっての400km地点。今、まさに通過するところ。歩きはじめて20日目の午後のことだ。
 歩きながら振り返ると、後ろからひとりやってくる。
 さて、そろそろだぞ。
 今、30分たった。
 400km地点通過!
 とセルフジャッジする。
 距離標があるわけではないし、こればっかりは言った者勝ちだ。

 時に2012年9月30日、1時34分。歩きはじめて20日目で旅の半分を踏破した。
 感無量と言いたいところだが、それほどでもない。文字どおり、通過点だから。

 とはいえ、記念日ではあるな。いいタイミングでやってきた巡礼仲間にシャッターを押してもらう。
 ここが旅の半分の地点だと言うと、彼は、普通の写真じゃダメだ、向こうから歩いてこい、と演出する。で、400km地点を通過したときにシャッターを押してやると。
 いい人が写真を撮ってくれた。おかげで胸を張って400km地点通過の写真と言える。

 2時前にはモラティノス着。村はずれにアルベルゲを見つけてチェックインする。いちばん乗りだった。ベッドは自由に、と言うので、いちばんいい場所を確保。

▼モラティノスの私営アルベルゲ。一泊9ユーロ。夕食も9ユーロで食べられる。

▼今日の仕事は終わり。3時のティータイムは果物とケーキでくつろぐ。この時間がいちばんの幸せ。

 村には小高いマウンドがあり、中腹をくりぬいて倉庫にしている。散策のついでに頂上にあがってみた。
 椅子が一脚。座って見渡す。絶景だ。これはいい。今の時間は5時9分だけど、日差しがすごく強い。帽子でつくられた影がなければまぶしすぎるだろう。

▼モラティノス村のマウンドとくりぬかれた倉庫。最初は墓かと思った。こうした倉庫は数か所にある。

▼マウンドの頂上から見た景色。左上からこちらに向かう白い道が、わたしが歩いてきた巡礼路だ。右下の建物はオスタルで、フランスのおじさんはここに入っていった。

 日差しは強いが、適度に風があり、村の中ではうるさかった小バエも、ここまでは飛んでこない。実に気持ちがいい。360度、視界をさえぎるものもなく、地平線を見ることができる場所なんて、日本にあったかな。

 晴々した気持ちでアルベルゲに戻る。泊り客が増えていた。

 夕食はアルベルゲに泊まった7人の会食。スパゲティー(一皿目)とサラダ(二皿目)という献立。パンは別につくが、とても腹いっぱいとはいかないぜ。

 どうもこの会食というやつは苦手だ。みんなはワインを飲みながらだけど、わたしはがんが完治するまで断酒。もともとはのんべえなだけに、ちょっとイラつく。そのうえ、やたらと話が長い。英語ができないと、座っているのが苦痛になる。

▼みんな気のいいやつだということはわかるのだが、ああだ、こうだ、と話が長いのには閉口する。右端の男性はアルベルゲのオスピタレロ。なかなかの役者で座を盛りあげていた。

 やっぱり英語は必須だよ。次の機会があるのなら、事前に英語を復習しておくこと。中学生の英語で十分なのだから。長話にうんざりしながら、そう思うのだった。

 ようやくお開きになり、就寝10時。寝袋にもぐりこみ、確保しておいた毛布を上にかける。夜は冷えるのだ。
 それにしても、こんなに遅くなるんじゃあ、中座したほうがよかったな。……ま、いいか。なんだかんだいっても、旅は順調じゃないか。もう半分まで来てしまったし。

 ……そうだ。このところ気になっていた左わき腹の痛みだが、ひょっとしたら杖のせいかもしれない。なんの脈絡もなく、そんな考えが浮かぶ。
 それまでは左右交互に持っていたが、3日前から杖を持つ手を左だけにし、一日中、左手を使っている。左わき腹痛はそれが原因のような気がするのだ。

 なぜ、そうしたのかというと、旅が終わったら左手が強化されている➔テニスのバックハンドがうまくできるようになる、と考えたからだ。
 実際、最初はぎこちなかった左手の動きが、だいぶスムーズになった。利き腕の右には及ばないものの、このまま訓練すれば、かなり近いところまで操れるようになりそうだ。

 が、わき腹を痛めるほど無理をしているとするなら、残念だけどしばらく休むしかない。両手に杖を持って歩いている人も多いが、バランスという点では妥当な選択だ。
 それにしても、これだけ体にくるということは、歩くとき、知らず知らず杖に頼っているわけで、相当な助けになっているのだろう。杖の効用はあなどれない。


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     ◆聖地巡礼:カミーノ・デ・サンティアゴ