008 2016.07.07

 手術から7日目。そろそろ退院のはずだが、看護師に聞いてもはっきりしない。今日は午後からペースメーカーの検査、ということしか言ってこない。退院のたの字も出ないのはどうなってんの?
 まあ、植込んだペースメーカーに異常がなければ、退院の運びになるとは思うが。

 こうなれば早いところ検査してほしい。いつ、連絡がくるかと待ちくたびれた午後4時、Y先生が看護師をともなって来室。えっ、2階の検査室でやるんじゃないの?

 なんのことはない。看護師がガラガラ引いてきた心電計を使い、病室で検査するのだ。
 胸に電極らしきものを貼る。そのあと、ドーナツ様の物体をペースメーカーの真上に置く。そして、看護師が数字を読み上げ、先生がカルテに記入していく。

 いったいペースメーカーの何を検査してるのか、よくわからない。それを聞けるような雰囲気でもなく、なすがままに。
 
 検査終了。何も言われないので、ペースメーカーには異常なし……なのだろう。
 忙しい先生には患者に説明している暇もないのだろうが、いつもながら、つんぼ桟敷というのはむなしい。

 帰り際、先生に「夕方、抜糸します」と告げられる。
 抜糸がすめば病院にいる必要はない。夕方にも退院か? 期待したものの、退院は明日とのこと。予定がはっきりしただけでもよしとする。

 抜糸は夕食前の6時。糸を抜くときピリッとする。傷跡の上に、細く切った半透明テープを貼っていく。貼ったまま風呂に入ってもいい。自然にはがれるまで放っておくように言われる。
▲抜糸のときにはすでに傷口はふさがっている。その上に貼るテープは、手術創をきれいにする役目があるそうだ。うまくいけば、傷痕はほとんどなくなるらしい。
 ともあれ、今日で入院生活は終わる。気になっていたリードの交換手術について聞いてみた。

 リードが心臓の組織にしっかり固定され、抜けにくくなるのが手術後3か月~5か月。そうなったら、テニスを再開したい。

 しかし、テニスのような腕を激しく動かすスポーツは、リードの消耗が半端ではない。
 電池切れによる本体交換の前に、リードの断線による交換手術をする羽目にもなりかねない。

 そんな心配があったので、交換手術について聞いてみたのだ。先生の答えは、驚くことに「リードは交換するのではなく、追加手術になります」というもの。

 追加? 前にも追加手術と聞いたことを思いだしたが、えっ?
 「交換じゃなく追加。つまり切れたリードはそのままにしておき、新しいリードを追加するんですよ」
 「え? 同じ血管の中に新しいリードを入れるのですか?」
 「そう。古いリードは放置したまま、新しいリードを追加する」

 なんと、古いリードを新しいものに交換するのではない。古いリードはそのまま放置し、新しいものを入れる! 電池が切れたら本体ごと交換すると聞いたときも驚いたが、これはそれ以上の衝撃だ。

 なんで役立たずの古いリードを取り除かないのか! 素人だと思って人を愚弄するにもほどがある!
▲ペースメーカー本体から心臓の内腔に伸びるリード。リード1は心房、リード2は心室の内膜に固定されている。これらのリードが断線したら、そのまま放置する。
 取り乱して思わず声を荒げそうになる。が、やっぱりわたしは素人なんだよ、それにはちゃんとした理由があったのだ。

 血管の中を通り、心臓の内膜に鋭く食い込んで固定されたリードは、年月がたつごとに周辺組織と癒着していく。
 心臓内はもちろん、血管壁でも癒着がすすむ。

 早い話、年月を経た街路樹が、そばにある鉄柱を巻きこんだりするようなものだ。
 生体は異物をからめとってしまう。

 そんな状態のリードを抜去するのは、容易なことではない。いくら引っぱろうと、びくともしない。無理して引っぱると、心臓の壁がビリビリはがれ、血管も破れるだろう。

 もともと、リード自体、簡単に離脱しては困るので、抜けないようにつくってある。そのことは前にも説明した。そいつが裏目に出る。良かれと思ってやったことが、こんな事態を招くなんて。

 もちろん、抜去するための方法がなくはない。
 開心術――心臓を切り開き、癒着したリードをはがしていく手術。人工心肺を用いた大掛かりなもので、先生によれば、この手術はかなり危険な部類に入り、致死率5%だと言う。

 致死率5%。20人に1人は手術で死んでしまうのか……。
 リードが断線したとき、どちらかを選べと言われれば、さて、どうしよう?
 やはり「古いリードは放置したままでいいです」となるのだろうなあ。

 とはいえ、心配はつきない。
 本体の交換手術はまあいい。局所麻酔で、研修医が手伝えるくらいのものだ。
 リードの追加手術も、2本目まではいいだろう。開心術よりはるかに安全だし。 

 しかし、2本目が切れて3本目になるとどうなる? それほど太くない鎖骨下静脈は、3本のリードでいっぱいにならないか? 血流が停滞するだろう?

 ここで3本と書いたが、リードには2種類あり、わたしのペースメーカーでは、心房用、心室用と、リードが2本になっている。デュアルチャンバーという。
▲セント・ジュード・メディカル社のデュアルチャンバーのペースメーカー(同社の「しおり」より引用)。
  これに対し、リードが1本のものをシングルチャンバーという。

 シングルならいざしらず、デュアルのリードが2本同時に断線していけば、放置されたリードで血管は詰まり、心臓も、心膜に貼りついたリードで蜘蛛の巣だ。そんなんで大丈夫なの?

 たかがペースメーカーと軽んじていたが、まさかここまで深刻な展開になるとは。もはやテニスなんぞにうつつを抜かしている場合ではない。

 隠居老人らしく、ひっそりと、おとなしく、余生を送る。電池をなるべく浪費せず、リードにショックを与えぬよう、立ち居振る舞いに注意しながら。

 そうやって、本体の交換手術、リードの追加手術をなるべく先延ばしにすること、それ以外にペースメーカーとつきあう方法はない……。

 あ~、憂鬱だ。どげんもならん。                  【008・古いリードは放置】

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